聖書 あれこれ(2017.2.5)

彼らは、使徒の教え、相互の交わり、パンを裂くこと、祈ることに熱心であった。
使徒言行録2章42節
教会の始まりの頃、まだ新約聖書のない頃、大きな喜びがありました。
使徒言行録2章46-47節に「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を賛美してた」とあります。
キリスト者たちは、集まって、使徒の教え、弟子たちが見聞きしたこと、イエス様の教えについて語ることを喜びとしていました。また、交わり、祈ることが喜びでした。
「パンを裂くこと」は、聖餐式のよろこびでしょう。また、共に集まっての食事でしょう。
「一つ釜の飯」という表現がありますが、それを「パンを裂く」という表現で表したのでしょうか。
パンは、一つの塊として焼きあがります。想像ですが、その塊は、一つの食事、集まる仲間のためのパンで、それをそれぞれが裂いて食します。
分け合うことも日常であったことでしょう。食事の中で、教えが語られ、主の証人としての働きが報告されます。
教会の中で、ずっと続いている習慣です。信者の近況が報告され、祈るべき課題が挙げられ、祈りを合わせて、散会となります。
パンを裂き、それを食するこの交わりは、キリスト者のしるしです。
パンを裂き食するこの習慣は、つながりの強さと、何よりも愛されていることを感じることのできる、かえ難い喜びです。わたしたちにはこの交わりがあるのです。img_2963

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