聖書あれこれ(2017.1.15)

敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ、正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださるからである。
マタイ福音書5章44-45節
日は昇り日は沈む。
1月、特別な思いで、特に日の出をご覧になった方は多いのではないかと思います。
自然現象ですが、それを見つつ祈る方は、「絶えず祈りなさい」(1テサロニケ5章17節)の実践ということでしょう。
大晦日の日の入りは、何か特別な祈りの時間があるのでしょうか。一般的な慣習としてはないようです。
さて、ではその祈りの中身は何でしょう。余計なお世話な話ですが、しかし、きっと、標記の聖書を読まなければ祈れない祈りがあるのではと思うのです。
日が昇ることのなかに、敵を愛する神の愛をみます。それが表記の聖書です。
「悪人にも善人にも太陽を昇らせ」「正しい者にも正しくない者にも雨を降らせてくださる」とあるので、悪人も正しくない者も愛するという神の意志をみることが出来るのです。
日の出は自然現象ですが、いわば、自然な現象を通して、福音を語っているといって良いのです。
福音は、神の教えに逆らう「悪人・正しくない者」を救うという神の意志が私の所に届き、イエス様によってそれが成し遂げられることの知らせです。
そうであれば、日の出には、キリスト教のすべてが込められているということになります。
日の出を見つつ祈る祈りの中に、悪人を救って下さった感謝の祈りが含まれます。
「早起きは三文の得」以上のことが日の出の勢いの中に象徴としてあるのです。
もっとも冬の冷たい雨の中にもその福音の真理は隠されています。早起きの苦手な方は、雨を見てしばし黙想に耽りましょう。心は晴れることでしょう。
「天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す」(詩19編2節)のです。img_4407

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