聖書 あれこれ(2016.10.2)

主なる神は、彼をエデンの園から追い出し、彼に、自分がそこから取られた土を耕させることにされた。                        創世記3章23節
家庭菜園を始める時、参考とするのは、マニュアル本と隣の菜園でしょう。
アダムの時代、マニュアル本はなかったので、もっぱら、エデンの園での記憶が頼りで
した。最もエデンの園では、取って食べるのが専門で、最初の頃は、味の違いに悩んだことでしょう。エデンの園の方がおいしかった、と。
その後、カインとアベルが生まれ、それぞれ耕す者と羊を飼う者になりました。
耕すことは、少しの知識が蓄積されていたので、カインに教えることもできたでしょう。しかし、羊を飼うことは全く知識がなく、アベルは試行錯誤の連続であったことでしょ
う。アベルの死後、誰が羊の世話をしたのでしょうか。
アダムは、5章5節で「九百三十年生き、そして死んだ」のです。
死が近づいてきた頃、主なる神様の言葉を思い起こしたかもしれません。「善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」(創世記2章17節)。
死は戒めを守らないことの結果でした。特に、アベルの死については、深い責任を感じていたことでしょう。
死に対する勝利。
それは、罪の克服、勝利への希求となることでしょう。人は罪と死の結末からの解放を願っているのです。
「イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです」(ローマ書4章25節)。img_3812

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