聖書 あれこれ(2016.4.3)

アブラムは、主の言葉に従って旅立った。ロトも共に行った。アブラムは、ハランを出発したとき七十五歳であった。アブラムは妻のサライ、甥のロトを連れ、蓄えた財産をすべて携え、ハランで加わった人々と共にカナン地方へ向かって出発し、カナン地方に入った。 創世記12章4‐5節
出発。
旅に出る時、何を持つか悩みます。帰ってくるのか、帰ってこないのか、それによっても違うでしょう。
人生を旅に例えるのなら、毎日が旅立ちで、その場合は、財産の全てを持ち歩くと言うことです。財産を上手い具合にまとめての旅で、必要に応じてすぐに取り出せるという感じでしょうか。
出発時点、また途中の所で、様々な経験をしますから、思い出や経験も貴重な財産に違いありません。だから、旅の荷物は減ることはない・・・恥は置いていく?
江戸定型詩の愛好家のとある方が新たな旅立つ心境をこう表現しました。「頂いたのは/数えきれない/愛しい日々と/志」(7/7/7/5調)。
志。なければ旅立つことはできないし、途中で失えば、失速してしまうかもしれません。大事な私たちの力の源と言うことです。
「あなたがたのうちに働いて志を立て」(フィリピ2章13節、新改訳)とあります。
志は私欲ではないのです。信仰そのものです。あなたが必要だと言う大いなる声に応える形で内に宿るものです。
志を持つことは、信仰を見える形で形づくっていく上での原動力となります。それを持っていけ、教会の頭であるイエス様は、私たちの背中を、そっと押してくれます。教会で、礼拝で、交わりの中で、志は私たちの内に宿るのです。私たちは、旅の途上ですが、互いに我が内にある志を確認して、共に歩んでいきましょう。私の志とあなたの志が共に働いて、きっと豊かなものが生まれます。それが人生という旅の楽しみでもあります。人生は美しい。IMG_0999 (2)

久里浜界隈、桜が咲き始めました。4月3日からの1週間は、見頃となるでしょう。

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