聖書あれこれ

今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。
ルカ福音書2章11節
あと少しで、クリスマス。
誰かのためのクリスマス。早く帰る、プレゼントを買う、待ち合わせに急ぐ・・・。
クリスマスは、皆走る、急いでいます。
そういえば、誰かのためにと言うのは、うまく相手に合わせることでもありました。大事なことではあります。私たちは、かかわりと言う関係の中にいますから。そして、関係は、責任と言うことでもありますから。
でも、少し疲れてしまうかも。
疲れても、関係なしでは人は生きていけないのです。人は、関係の中で経験しながら生きていくもので、家庭や学校、社会の中でもまれながら生きていきます。成長していくのです。
一匹狼、ちょっと憧れますが、その狼も自分はどこかに所属することを考えているのかもしれません。
蔓性の植物は、大地に根で関係を持ち、蔓で他のものに巻き付くという関係で生きているように思えます。
「人は考える葦である」というらしいのですが、最近は「人も」といようです。人だけが考えるという訳でもないという事らしいので。
それはともかく、「人は巻き付く蔓性植物」というのはどうでしょう。
酔っ払いではありません。あれは絡むのです。
一本の天から延びる支柱に巻き付くのです。イエス・キリストと言う支柱です。
聖書が語るイエス様に巻き付いてみると、支えられて、伸びていくことができる、安定感もあります。イエス様と関係を結んで、他のものにも。
探し物は、近くにあります。クリスマス、誕生したイエス様にあるのです。
「わたしたちは羊の群れ/道を誤り、それぞれの方角に向かって行った」(イザヤ書53章6節)。IMG_7083 (2)

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