聖書 あれこれ

だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいるときだけでなく、いない今はなおさら従順でいて、恐れおののきつつ自分の救いを達成するように努めなさい。あなたがたの内に働いて、御心のままに望ませ、行わせておられるのは神であるからです。
フィリピ書2章12-13節
従順で。
パウロは、私と一緒にいるときにあなた方の従順さをみたけれど、いないときも従順でいてほしいと語っています。
パウロがいないと、誰もいないのでしょうか。
イエスの弟子、トマスは復活の時いませんでした。それを聞いたときに、弟子に似つかわしくない言葉を発しました。そのトマスを目指して、イエス様は復活のお姿を現したのです。
トマスは、ただ「わたしの主、わたしの神よ」(ヨハネ20章28節)と言ったので
した。救われている、それは行いによらないのです。イエス様によるのです。
トマスの弟子として相応しくない発言は、他の弟子たちはもちろん聞きました。そ
れだけでなく、他にも聞いていた方がおられたのです。だから、イエス様は再び、トマスを目指して来られたのです。
「弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる」(ヨハネ福音書14章26節)のですから、そのことに「恐れおののき」つつ、そこから離れないことを私たちの信仰の姿勢といたしましょう。
私はもしかしたら救いのリストから外れているかもしれない、そう思うと、イエス様への従順さは薄れ、私の思い込みに従うようになるかもしれません。それでは、不安が不安を呼んでしまいます。
イエス様がいつもいて下さる、その約束のもとに生きましょう。主の力はいつもあなたに働いて、光のように導いて下さるのです。
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