聖書 あれこれ

ダマスコにはアナニアという人がいました。律法に従って生活する信仰深い人で、そこに住んでいるすべてのユダヤ人の中で評判の良い人でした。 使徒22章12節
パウロはダマスコに急いでいました。
ダマスコで「この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった」(使徒9章2節)のです。
このダマスコへ向かう途中、パウロは回心しキリスト者となります。それはいつ頃か。33年頃と言われています。イエスの十字架の死と復活が30年頃とすると、パウロの回心は、3年後。この3年間に、福音は、エルサレムからダマスコまで伝わったことになります。それも、エルサレムからパウロが赴くほどのキリスト者が増えていて、地元の人では解決不可能な事態となっていたということです。
エルサレムからダマスコ。約300キロくらいでしょうか。
使徒言行録やパウロの手紙などで、ローマや各地に福音が急速に広まっていることが分かりますが、どういう形で、誰が伝道したか、使徒言行録だけではよくわかりません。ローマには、プリスカとアキラ」(ローマ16章3節)がいます。彼らは、最初ローマにいましたが、クラウディウス帝によって、49年にユダヤ人追放がなされた時に、追放され、コリントでパウロに出会います。その頃には、相当数のユダヤ人キリスト者もいたのでしょう。19年でローマまで、5000キロ位でしょうか。
まさに、「成長させてくださる神」(1コリント3章7節)の力です。私たちは、この力を信じて歩むのです。IMG_3013 (2)

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