聖書 あれこれ

わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打ち倒されても滅ぼされない。 2コリント4章8-9節

Grexit。ギリシアのユーロ圏離脱を意味する、政治・経済の造語。ギリシアの英語のGreeceと出ていくことの 英語のexitを合成。

コロンブスの卵ではないけれど、これで、exitを使ってたくさんの造語ができるかも。国、教会・・・。 ギリシアがユーロや世界から、まさに「四方から苦しめられて」いるのかどうかはよくわかりませんが、出ることに希望を見出すということもあるのでしょう。

「四方」は、私の視点から言えば、世界全体でしょう。 キリスト教は、今も迫害を受けている地域がありますが、昔、紀元313年にローマ帝国に認められるまでは、「四方から苦しめ」られていました。 日本では、1587年に秀吉の時代に禁教令が敷かれ、1857年に 鎖国令が解除されるまで、キリシタンの人々は、「四方」を囲まれている状態でした。

しかし、決して「途方に暮れ」ることはなかったのでした。強い力が襲いかかったのですが、「打ち倒される」ことはなかったのです。だからこその270年でした。 ギリシアにとってのユーロの外が、どういう状況なのかはわかりませんが、大魚に飲まれたヨナにとっては、魚の中は絶望の中、ヨナはそのように感じたことでしょう。しかし、深い海の底の魚のお腹も神の支配は及ぶところでした。祈りは聞かれて、ヨナはにニネベと向かいます。

祈りの届かない場所はない、「わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう」(ヨハネ福音書14章13節)と語られたイエス様が、私たちの希望の根拠です。四方を見るのではなく、私たちは「信仰の創始者また完成者であるイエスを見つめながら」(ヘブライ12賞2節)行くのです。手のりたま2014

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