聖書 あれこれ

すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。
天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。                      ルカ福音書2章9-11節
安息日。十戒に「安息日を心に留め、これを聖別せよ」とありますので、この日は労働をしない日とされていました。
さて、羊飼いは、どうしたのでしょうか。この日を聖別することが難しい、と言うことで、律法学者やファリサイ派の人たちからは、安息日を聖別できない人たちというレッテルを張られていました。罪人とされていたのです。
罪人である、だから「主の天使が近づ」いたとき「彼らは非常に恐れた」のです。
天使は言います「恐れるな」。
罪人と呼ばれ自分でもその自覚がある者へ。天使が語るのは「あなたがたのために救い主がお生まれになった」ということです。
罪人は理解されない。聖書を読んでいると、ファリサイ派の人たちは、罪人を全く理解していないのです。どうして彼らは罪を犯すのだろう、と言う感じです。
理解されない。そういえば、画家のゴッホ(1853-1890)の絵が売れるようになったのは、死の直前と言われています。誰からも理解されない孤独は、ゴッホに限らず、現代に生きる私たちも抱えていることではないでしょうか。
「くすしき恵み われを救い」(讃美歌451番)の讃美歌は、この時期よく聞くのではないでしょうか。 Amazing Graceですが、クリスマスは、罪人、孤独の魂の持ち主、空虚な思いを抱いている者、そこへと救い主が誕生したということです。
救い主誕生は、私たちが喜びを持つということです。喜びを我が内に宿すということです。
この喜びは、「この身はおとろえ 世を去るとき よろこびあふるる み国に生きん」(讃美歌451番5節)、喜びは天の国に繋がっている希望となります。

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