聖書 あれこれ

野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。
マタイ福音書6章28節
野の花。
聖書は活字で、挿絵はないので、「野の花」を見よと言われると、頭の中で想像する以外にない。何が浮かぶでしょう。
タンポポ。これだと、実物は想像でき、なおかつ一面のタンポポ畑を想像できます。
文語訳聖書では「野の百合」となっています。こうなると、「花屋の百合」と「野の百合」を区別して、想像しなくてはなりません。
他に、アザミ説、アネモネ、カモミールなど、さまざま。こうなると、ますますイメージが浮かんでこなくなります。
雑草という花の名はないのですが、ようするに、イエス様は花の名に詳しくなかった、そばにある花なら何でもよかったのだという人もいます。
どの花も、よく見ると、複雑、巧妙、力を秘めていて、それらが一つとなって美しさを持っていることがわかります。
よく見ると、見る人を感動させる、勇気を与える、その力があるということでしょう。
「今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか」(30節)と聖書は続きます。
花を見て、そして自分を見るのです。
花は、上を向いて、下を向いて、横を向いて咲く花と、様々です。水仙は、下を向いて咲きますが、水に映る自分の姿に感動しているのだそうですが、どうなのでしょう。
聖書に「何事にも時があり」とありますが、聖書にあるのですから、「野の花がどのように育つのか、注意して見なさい」、見た結果を祈る時として報告してもよいのではと思うのです。IMG_1998

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