聖書 あれこれ

そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、 わたしに出会うであろう、と主は言われる。
エレミヤ書29章12-14節
「夜歩けば、つまずく」(ヨハネ11章10節)。
理由は、「その人の内に光がないからである」。
夜道なら街灯、手には懐中電灯、装備は万全、怖いものなしです。
「死の陰の谷を行くときも」(詩23編)は、どういう場所でしょう。暗そうです。
NHKの連ドラで「想像の翼を広げて」というフレーズが流行りましたが、広げてみる機会はあるでしょうか。そこは私にとってどういう場所でしょう。
「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」(ヨハネ8章12節)とあります。
光はイエス・キリストです。
ヨハネ福音書11章で、イエスは、「涙を流され」(35節)「心に憤りを覚え」(38節)と感情を表に出す姿が記されています。
暗闇の中で、途方に暮れ、私が叫ぶように助けを求める時、イエス様は応えます。あなたのことについて、深く憐れみ、涙を流し、心の痛みとしてあなたを思うのです。
出会い。
私たちは様々な人に人生の途上で出会います。
「善いサマリア人」(ルカ10章25節以下)は、よい出会いであり、良い隣人です。傷ついた旅人にとっては、暗闇の中の光でしょう。
「だれも暗闇の中にとどまることのないように、わたしは光として世に来た」(ヨハネ12章46節)。IMG_2097 (2)

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