聖書 あれこれ

イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。
テサロニケの信徒への手紙一4章14節
ベートーベン、モーツアルト(墓のみ、遺骨なし)、ブラームス、シューベルト、そのほか多数の音楽家が眠るウィーンの中央墓地、ここで一緒に眠りませんかと言う納骨代行業者があるようです。
蘇りの時、近くに楽聖と言われる方々がいたら嬉しい・・・。シューベルトは、生前、死んだらベートーベンの傍らに葬って欲しいと願い、そのようになったのだからあなたもというわけです。
こうなると、ちょっとお墓参りが簡単ではなくなりますが、故人の願いと言うことで、納得する家族もおられるのでしょう。
眠りについた者は、やがて、イエス様の眼差しの中で目覚める、これが私たちの信仰です。ですから、その時、近くに楽聖がいると思いめぐらすのも楽しいことです。
ところで、新約聖書の各書が記されたのは、1世紀の半ばから後半にかけてのことです。迫害の時代でした。
パウロは、以前は迫害者でしたが、迫害者として、使徒9章2節に「この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行」するとあるので、キリスト者は、突然、その場所から連れ去られることを日々、覚悟しつつ過ごしていたのでした。
突然、連れ去られる、本人にとっても、家族にとっても、相当のストレスですが、やがて神の国で、「イエスと一緒に導き出して」くださった場所で、目覚め出会うことに慰めを見出していたのでした。
迫害の時代、平和な時代、紛争のある地域、平穏な地域、世界には様々な時代と地域があります。そこで生きる人々がいます。そのすべての人に、聖書は復活の希望を語っています。

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練習船「日本丸」。久里浜港に寄港。

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