聖書 あれこれ

互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。           ローマ書13章8節
愛すること。
「互いに愛し合う」、相思相愛です。
しかし、個人も国家もそうはなかなか行きません。
「我を思ふ人を思はぬ むくいにや我が思ふ人の我を思はぬ」(古今和歌集)。
うまくいかないものです。
まず愛すること。それが私たちの生きる課題となるようにと、聖書は語っています。
申命記7章6節以下に、主なる神の選びの根拠が記されています。主が心惹かれたのは、他のどの民よりも立派であったからではない。むしろ貧弱であった、ただ「主の愛のゆえに」(申命記7章8節)とあるのです。
ヨハネ福音書3章16節に私たちを救う理由が示されています。「一人も滅びない」ことがその理由であるということです。
まず、神の愛があるのです。
そして、この神の愛は、まず先に愛する愛でした。
私たちのこれからは、神の愛に出会い、贖われたことによるのです。
先ず、愛されてしまった。
ここに私たちのこれからが始まるのです。
私たちには様々な葛藤があります。愛さなければならないのではないのです。
先ず、愛されているのです。
ここから思いをめぐらしていく、それが私たちの道なのです。

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