聖書 あれこれ

このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。
ローマ書5章1-2節
「よって」が3回、「お陰」が1回。
短い文章の中に、自力によらないことを示唆する言葉が3回登場します。
「お蔭」は、辞書によると、助け、加護、恩恵。「よって」も同じ意味として使われる接続の言葉です。
聖句として、単独では意味が通じないので、愛唱聖句にはなりませんが、聖書の中でこの種の言葉が好きという人は多いのではないかと思うのです。
その視点で聖書を探すと、「よって」は相当あるようです。「お陰」もかなりです。
神と私たちの間には、「よって」と「お陰」がある、もしその間に距離があると感じるなら、この言葉によって埋められていると考えたらよいのです。
「よって」「お陰」が気になると、「このように」という冒頭の言葉も気になるようになります。この言葉も結構あるようです。
聖書の言葉は、どこをとっても味わい深く、私に向けて語られています。CSC_0149

広告
カテゴリー: 聖書 あれこれ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中