聖書 あれこれ

すべて悪を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、苦しみと悩みが下り…

ローマ手紙2章9節

悪を行う。
儲かることがあります。
巨悪の根源ではないと思いますが、小悪の発信源であることは確かです。
塵も積もれば・・・どうなるのでしょう。
儲かることもありますし、「まあ、いいか」ということもありますが、「苦しみと悩みに」襲われることもあります。
悪を行うのは、過去のことです。過ぎたことですので、取り返しがつきません。それで、回復も修復も取り返しもつかないので、行った悪が大きいと、途方に暮れ悩むのです。
といって、未来の事なら予防できるかというと、悪に関しては難しいのです。
悪をしてしまうだろうなあ、ということが予定通り行ってしまうのです。
本当に、悪(罪)は、厄介です。
「人々の隠れた事柄をキリスト・イエスを通して裁かれる日に、明らかに」(ローマ2章16節)なります。
裁きの日に私たちは、すべて明らかにされてしまいます。
しかし、この裁きは「イエスを通して」行われます。「抜き」ではないのです。
「キリスト・イエスを通して」、ここにイエス様の十字架と復活があります。「十字架と復活」に私たちの救いが隠されています。
「それで今や、わたしたちはキリストの血によって義とされたのですから、キリストによって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです」(ローマ5章9節)。EPSON MFP image

 

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