聖書 あれこれ

ペトロは、「鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。
マタイ福音書26章75節
泣くペトロ。
泣いた理由は、イエス様が逮捕される前、主の晩餐の後、イエス様はペトロたちの離反を予告しています。イエス様は「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく」(34節)と語りました。
その際、ペトロは「たとえ、みながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」(33節)、「あなたのことを知らないとは決して申しません」(35節)と言ったことによるものです。
つまずく。道を歩いていても、結構凸凹があって、足をあげていないとつまずきかけます。若いと思っていても、足が上がっていないんだ(私のこと)、ということでしょう。
若いと思う、これも自分を信じる一つの信仰のようなものであれば、躓くことによって、この信仰は、大袈裟にいえば、挫折します。
ペトロも同じかもしれません。何があっても自分はイエス様を助けることができる、そう信じて疑いませんでした。その根拠はなんだったのでしょう。自分は強い、他の仲間の弟子とは違うのだ、強さへの憧れのようなものでした。それがここで砕かれたのでした。
つまずいて、弱さを知ります。
動物を捕まえるワナは、仕掛けて捕まえる方向に誘うものです。
ペトロたちは、イエス様に躓くことによって、罪や弱さを知って途方に暮れさせられたのではなく、むしろイエス様に引き寄せられるつまずきでありました。
弱さを知って、途方に暮れる、しかし、弱い自分の傍らにいてくれるイエス様を見出すことになるのです。
ペトロは激しく泣き、そして新たな道を見出したのです。メジロ2014aDSC_0047

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