聖書 あれこれ

実は、この男は疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている者、『ナザレ人の分派』の主謀者であります。     使徒言行録24章5節
パウロ、エルサレムで捕えられ、総督フェリクスに訴えられたのですが、その告発の言葉が標記の言葉です。
パウロの肩書、増えました。「疫病のような人間」というのです。
肩書を付けたのは、テルティロという弁護士です。ユダヤの大祭司や長老たち、テルティロにパウロのこれまでと活動を事細かに語ったのでしょう。その要約として「疫病のような人間」との言葉が生まれたのです。この要約は、パウロのこれまでの事柄を正確に聞き出したうえでの分析結果ともいえます。パウロは確かに、ユダヤの大祭司的な威厳と長老的な指導力を発揮した、ユダヤ教の中でも稀有な人物でありました。それが、「ナザレ人」によって、疫病のもつ致死的な力によって滅ぼされた、キリスト者に変革されたのです。
パウロは言う、「ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです」(ガラテヤ3章28節)と。滅ぼされたのは、身分や血によって立つことではなく、キリストの贖いによって生きるということです。
致死的な力は、パウロにとっては、変革を生み出す力となるものでありました。血や地、肉に拘ることは闇を生み出すのです。そうではなく、パウロの経験したこととして、罪人(パウロ)を赦すキリストの愛でありました。これは、新しく生きる共同体(教会)を造る働きの力となるものでした。
パウロは、今、地と血における隔てをめぐらしている世界から抜け出て、新しい世界を見ています。各地を宣教してきました。苦しい、肉体的には過酷であった旅でした。しかし、そこに新しい世界の希望をみたのでした。パウロの見た希望が、捕えられた状況を支えています。DSC_0059

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