聖書 あれこれ

キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、――
ローマ書1章1節
僕(しもべ)。それがパウロの肩書です。家来、奴隷、メイド(秋葉原)という感じです。
肩書があると、しかるべく所にすんなりと入ることができます。
パウロにとって、使徒=罪人=僕でありました。
2011年7月、ハプスブルク家最後の皇太子のオットー・ハプスブルクの葬儀がウィーンであり、沿道には大勢の市民、近隣諸国の国家元首が参列した。
葬列は、ハプスブルク皇帝・皇后の伝統ある納骨堂・カプツィーナー教会着き、門を開けるようにとドアをたたく。中から声があり、「通らんとする者は誰だ」。そこで、「オーストリアのオットーです。かつてのオーストリア・ハンガリー帝国皇太子であり、・・・」以下延々と、1000年にわたって得た多くの称号が語られたが、中からは「そんな人は知らない」。
再び、「通らんとする者は誰だ」との声があり、今度は、彼が生前獲得した「国際汎ヨーロッパ連合の議長及び国際名誉会長であり、欧州議会の議員、幾多の大学の名誉博士で、中央ヨーロッパの数々の共同体の名誉市民であるDr.オットーです」と答える。しかし、中からは「そんな人は知らない」。
最後に、哀れな罪人オットーとして入場を祈願して教会の門が開かれたという。
こういう習慣は、ここだけなのか、ハプスブルク家のものなのか、よくはわかりませんが、ちょっといい話。
ハプスブルク家、世界史の教科の試験には必ず登場する家系ですが、今日に至るまで、格式と伝統はあるのです。オーストリアが王制となれば、国王になれた・・・スウェーデン国王やルクセンブルク大公が参列したというのは、皇太子に対する敬意なのでしょう。
それはさておき、肩書があると、しかるべく所にすんなりと入ることができます。
贖われた罪人、これがペトロやパウロたちの肩書でした。私たちに与えられた肩書でもあります。
肩書は、何もないと寂しいものですが、「キリストの僕」「哀れな罪人」は、万能の肩書として非常に有効で、日々を支え、神の国の門で「期限切れ」「名簿にない」「あなたを知らない」と言われることは決してありません、そしてこの肩書は教会で比較的簡単に手に入れることができます。
「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(2コリント6章2節)なのです。

ハプスブルク 皇太子 葬儀」をGoogleで検索した結果を参照としました。

航跡2014

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