聖書 あれこれ

しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。                    第2ペトロ3章13節
恐れ。
怖いものを見たら、恐れます。
人類の最初の恐れの感情は、主なる神様から離れてしまった、そこから生まれたようです。
「あなたの足音が園の中に聞こえたので、恐ろしくなり、隠れております。わたしは裸ですから」(創世記3章10節)。
多くの人は、突然、蛇や蝙蝠、蚯蚓などを見ますと、恐れてあらぬ声を発することがあります。
少なくとも、アダムとエバは、それはなかったようです。どれも神の作品だからです。
ただ、神の足音を恐れたのです。離れてしまったことを恐れたのです。
「義の宿る新しい天と新しい地」は、罪が拭われ、再びの神様との関係の回復した状態ということでしょう。
約束の成就、実際にそれを手に入れるのは終末後のことです。
いま私たちはその約束が成就するのを待っています。いくつかの証拠と共に。
クリスマス、十字架、復活。
これらは私たちへの愛によるもの、神の慈しみです。「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ福音書3章16節)は、そのことをあらわしています。
神の愛において、私たちは回復します。
神の慈しみと憐れみと愛において、関係は回復し、神の子として、希望をもって待ち望むことができます。
今は「待ち望む」時なのです。写真

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