聖書 あれこれ

ペルシアの王キュロスの第一年のことである。主はかつてエレミヤの口によって約束されたことを成就するため、ペルシアの王キュロスの心を動かされた。        エズラ記1章1節
時代はバビロニアからペルシアの時代と遷ります。
ペルシア王キュロスによってエルサレムへの帰還が許されます。
その理由について「主は…ペルシア王キュロスの心を動かされた」とあります。
口語訳では「心を感動されたので」とあります。
どんなことがあったのでしょう。
旧約聖書には様々な「人」が登場します。
創世期のヨセフは、エジプトの飢饉を救いました。エジプトの人は感動しました。
ヨナ書のヨナは、単身、ニネベに赴き、市中を歩き回り、悔い改めを説きました。最初、行くことを拒否して魚に飲まれたことなど、町の人は知る由もなかったことでしょう。彼の行動は悔い改めへと導きました。ニネベの人は感動したのです。
エステル記のエステルは、その美貌の故に王の心を捉え、あるいは動かし、国の半分を与えるという言葉を引き出しています。美は感動を呼ぶのです。気をつけなければなりません。
感動する、これが和解を生み、平和を創り出すのです。
私たちは、日々、イエス・キリストのなさったことに感動をしています。それは、私たちがその歩みにおいて、様々なところで、和解と平和の使者となることでしょう。
「平和を実現する人々は、幸いである、
その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5章9節)のです。

2013紅葉b

広告
カテゴリー: 聖書 あれこれ パーマリンク