聖書 あれこれ

オオセイボウ(大青蜂)
オオセイボウ
……わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。                     マタイ福音書11章 29節
軛(くびき)。
牛や馬などが、車や農具に繋ぐときに用いる器具のことで、牛や馬にとっては連結と専念の状態となります。
「わたしの軛」とは、イエス様との連結と課される課題への専念ということになります。
牛や馬にとって、軛をつけられての労働で安らぎを得られるのでしょうか。
牛や馬に聞いてみなければわかりませんが、強いられてのことですから、安らぎとは無縁でしょう。働きに対する対価のほとんどは人間に持っていかれるのですから。
「わたしの軛」とは。
前節に「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(28節)とあるので、平安を与える軛で、およそ荷を担わせるものではないのです。
この軛は、イエス様と繋がることでまことの平安を教えてくれるもの、迷いを払い、私たちの歩むべき道を照らす働きがあります。
たくさんの道がありますが、一本を除いてすべては迷いに至る道です。
一本の道、この道を専らに歩むことをイエス様が自ら教えて下さる軛です。
イエス様に教えて頂いて、そこで私たちは安らぎを得るのです。
イエス様の軛こそ、安らぎを生むのです。

広告
カテゴリー: 聖書 あれこれ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中