聖書 あれこれ

五羽の雀が二アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、神がお忘れになるようなことはない。              ルカ福音書12章6節
忘れない。
雀、上野動物園でも見る事が出来ますが、ただし、オリの外です。
雀はわざわざ見にいかなくとも、至る所、都市部でも農村部でも見る事が出来ます。
日本では、童話や俳句、物語、童謡、慣用句に登場します。
・雀の子そこのけそこのけ御馬が通る(一茶)
・雀の涙
数が多くて、価値という点ではいささか劣るという評価でしょうか。
世界でも事情は同じなのでしょう。
雀は群れで行動しています。
それでかもしれませんが、雀の立場に立って考えると、群れの一羽は覚えられているのかということです。
どうなんでしょう。群れの中の一羽です。
「アサリオン」は通貨の単位で、聖書の換算表によると、一日の賃金の16分の1となります。
ずいぶん安いようです。
価値のなさは、忘れられているかもしれないという疑念が生じます。
神のお造りになった世界、そこにある一つをも忘れることはない。
それは主なる神様からのメッセージであり、そのなかの雀一羽のためにイエス様がおられると語っているのです。
忘れない。それは、私たち一人一人に向かってイエス様が語りかけている例えです。
CSC_0198
ヒメヒゲナガカミキリ

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