聖書 あれこれ

ハート2013
愚かな者としてではなく、賢い者として、細かく気を配って歩みなさい。
エフェソ 5章15節
タロットカードの「愚者」の図柄は、張り出した崖を気にせずのんきに歩いている者を描いています。見る者に、確かにこれは愚者だと思わせています。
NHKの「ブラタモリ」の崖特集で有名になった東京の地形。崖の監修は、芳賀ひらく氏で、著書の「江戸の崖 東京の崖」のなかで、東京の地形の危険性をこのタロットの愚者に例えています。確かにのんきに歩いている場合ではないかもしれません。
地形の事はともかく、「賢い者」は「細かく気を配って歩」むのです。
「わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています」(フィリピ3章20節)とあります。
この天にある本国、どういうように考えるでしょう。
一人で天の台地の上にいるような感じでしょうか。
黙示録には、天の玉座に24の座があり、そのまわりを白い衣を着た者がうろうろしているように天国の姿が描かれています。私たちは、そこにいるようになる、ということです。
うろうろしているといっても、タロットの愚者のようにではなく、一家団欒の図、そこのメンバーであるとイメージしたらいいかと思います。
団欒は、一人ではなく、関係の中にあるということを表わしています。
関係を表わす、羊飼いと羊の関係です。
のんきに歩き回るとしても、一人ではないのです。崖の先で一歩踏み出す前に、羊飼いが探しにくる、その関係で固く結ばれています。迷子の羊を探す羊飼いとです。

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