聖書 あれこれ

人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ…
ガラテヤ書1章1節
使徒パウロ。
使徒はパウロの肩書で派遣された者、使者ということです。
パウロはこの肩書を、獲得したもの、当然の報酬のような形で取得したものであるとは言っていません。
「イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって」、恵みと憐れみによって与えられたものであるとの自覚を持っていました。
ガラテヤ書には、その恵みと憐れみについて具体的に語っています。1章13節以下で、パウロは以前自分がキリスト者をいかに迫害してきたかを語っています。
そこで恵みと憐れみを受けた、パウロは肩書を語るときに、いつもそのことを覚えています。
いかに自分が迫害者であったか、ことあるごとに語ること、それは、もしかしたら、当時の人が良く語っていたことであるかもしれません。漁師であった、徴税人であった、罪人であった、しかし…という具合に。
人は皆、罪人の肩書を持っています。
その罪から救われたということを語る習慣、それが今日に至るまで、キリスト者のよい習慣として続いています。罪人から遣わされて行く者へ、良い習慣は、良い道を行く者として私たちを導きます。
「今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい」(エフェソ5章8節)とあるように、この習慣は、光の中を行くという習慣です。
罪と憐れみを感じ取れることは、教会のなかの良い習慣です。
卵焼き
巨人・大鵬・卵焼き。
巨人は、あるところで、紳士と常勝に(?)となり、大鵬は、引退後には、すぐに体調を崩して、協会での働きは、あまり聞こえてこなかった。ただ、福祉とリハビリについては、「横綱」であった。
卵焼き、どうでしょう。最近の子どもたちは…第1位の座なのでしょうか?

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