聖書 あれこれ

神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。             ローマ書15章7節
栄光のために。
家、人、国、その他・・・のために。
何かを成し遂げることだと考えます。
イエス・キリストは、神の栄光のために、何を成し遂げたのでしょうか。
聖書には、あなたを受け入れることだと記されています。
著者であるパウロは、自分は受け入れられているという思いを、イエス・キリストに出会ってから、ずっと持ち続けていました。
パウロは、どこから受け入れられたのでしょうか。
彼はキリスト教の迫害者でありました。
その後、キリスト者として各地を命懸けで伝道します。命懸けの伝道、それを成し遂げたから受け入れられたのではありません。
パウロの命懸けのキリスト教迫害、そのパウロをイエスは、受け入れたのでした。
その体験から、標記の言葉が生まれたのです。
人は、その人のままに、行いによらず、功績によらず、受け入れられる、そしてそれが神の栄光となる、ということです。
イエス・キリストは、あなたのことを誇りに思っているのです。

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