聖書 あれこれ

マルタは、いろいろのもてなしのためせわしく立ち働いていたが、そばに近寄って言った。「主よ、わたしの姉妹はわたしだけにもてなしをさせていますが、何ともお思いになりませんか。手伝ってくれるようにおっしゃってください。」 ルカによる福音書10章40節
「善美」という言葉があります。りっぱで美しいこと。また、そのさまという意味のようです。
イエス様が来ることになったのです。
マリアは早速、「主の足もとに座って、その話に聞き入っていた」のです。マルタは「もてなしのためにせわしく立ち働いていた」のです。そこで、標記の言葉が語られます。
イエス様の答えは、「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」でした。
どうでなければならないのか、いつもはっきりとしているわけではありません。ただ、心乱れる、美しくない形が気になるのです。
イエス様の周辺には、いろんな人が近寄ってきます。
「イエスを試そうとする人」(ルカ10章25節)、「非常に高価な香油ナルドの香油を…イエスの頭に注ぎかけ」(マルコ14章3節)る人などです。
「マルタという女が、イエスを家に迎え入れた」(38節)のです。
私たちは、先ずそこに、マルタの「善美」を感じます。そして、マリアの聞く姿にも「善美」を感じます。
人にはそれぞれの「美しさの際立つさま」があるのでしょう。イエス様の前にいる人の中に、聖書の前に座る人の中に、「善美」が溢れています。

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