聖書 あれこれ

だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。           マタイ福音書6章34節
怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。                    エフェソ4章26節
怒りと思い煩い。
似てはいませんが、いつも近くにあるような気がします。
どちらも言われなければ、ずっと長く持ち続けてしまうものかもしれません。標記の聖書は、それらに 期限を付けているように感じます。
食品ですと、賞味期限、消費期限。
違いがあるのでしょうが、私にはよくわかりません。大概の方は、クンクンと匂いを嗅いで決めるので はないでしょうか。そして、大丈夫だと思うと人に食べさせるのだと思います。
思い悩みや怒り、期限があるのです。
ヨハネ黙示録21章25節に、「都の門は、一日中決して閉ざされない。そこには夜がないからである」と あります。
神の国の門は永遠性を持つのです。だから、闇も夜も、怒りも思い煩いも、主なる神の前では、永遠に 続くかのようなことは起きないのです。
だからこそ、と私たちに語ります。
「日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません」「その日の苦労は、その日だけで十分である」と。
思い悩みや怒り、これが私たちの中で、永遠にあり続けるものではないということです。

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