聖書 あれこれ

雪が降っても一族に憂いはない。一族は皆、衣を重ねているから。
箴言31章21節
冬、雪。
寒さに憂う。
「蟻の一族は力はないが、夏の間にパンを備える」(箴言30章25節)とあります。
冬の寒さは、人を憂いへと導くが、その寒さを防ぐ手立てによって、憂いは杞憂となります。
ガラテヤ3章27節に「キリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです」とあります。
また、エフェソ書6章11節には「悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい」とあります。
いろんなものを着こむことにしましょう。
それが冬、憂いなく過ごす手立てです。
人生を四季に例えることはよく聞くことですが、たいがいは、春を始めとします。
春→夏→秋→冬です。
しかし、「キリストを着」て、「光の武具」を身に纏う者は、春の暖かさを持っている者です。
人生を四季にではなく、二季に、一季に例えてみるのはどうでしょう。
「我々は主を知ろう。主を知ることを追い求めよう。主は曙の光のように必ず現れ、降り注ぐ雨のように、大地を潤す春雨のように、我々を訪れてくださる」(ホセア書6章3節)。
俳句の季語に「春隣」というのがあります。冬の季語ですが、春近しの意味です。冬を春を近くに感じながら過ごすということです。

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