聖書 あれこれ

こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、信仰の創始者であるイエスを見つめながら。                    ヘブライ12章1-2節
重荷や絡み付く罪。
数えるといっぱいあるように感じます。
風邪のウィルスは、浮遊していて、ある時、私たちに絡んで取り込んでしまうのでしょうか。
罪も同じでしょうか。誘惑される、弱点を突かれるのでしょうか。
子どもから大人へ。出来なかったことが出来るようになったりとうれしいこともありますが、大人ゆえにしがらみに絡み付かれることもあるかもしれません。
ソロモン王は知恵あるものとして有名ですが、ある時、一人の子の母親はどっちかという判断をしなければならなくなりました。
王は、二人の母親に、子を剣で二つに分けて半分にするようにいいます。大岡越前ですと、綱引きのように引っ張るように指示します。
当然、一人の母親は、やめてくださいと言い、もう一人は、裂いて分けてくださいと言います。列王記上3章16-28節以下。
困難な時、重荷を感じる時、それを捨て去るには、何かを見つめることが大事です。一人の母親は、生きて成長する姿を思い見て、主張を取り下げたのです。
私たちは、何を見つめて判断しましょう。
聖書には、「信仰の創始者であるイエスを見つめながら」とあるのです。

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