聖書 あれこれ

アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。                       使徒言行録13章1-3節
最初の頃の教会の姿、いろんな役割を持つ人が集まっています。ここから異邦人伝道が始まっていきます。聖書の巻末の地図にある第1回の伝道旅行となります。
キプロスにわたって、そこでの福音伝道は、ユダヤの会堂でのことですから、当時の活動は、安息日と復活の日に礼拝・聖餐がなされていたのでしょう。
使徒13章44節以下を読みますと、町中の人たちが好意をもって集まってきましたが、ユダヤ人たちがそれを妨害したとあります。
もし、ユダヤ人たちが、集まってくる「この群衆を見てひどくねたみ」(45節)を持つことがないなら、その後の教会の歩みは大きく変わっていったことでしょう。ユダヤ教とキリスト教のあるべき一つの形になっていて、そうであればカトリックもプロテスタントも…。
ローマ11章14節に「何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです」とあります。主イエスの救いの業は、救われた人とイエス様の関係は、よそから見ますと、妬みを起こすほどの密接な関係となるということです。そのような関係を主イエスは私たちのために開いてくださったのです。
その関係は、勇気を与えます。強い主イエスの絆こそ、私たちの勇気の源泉です。パウロたちは、それを持っての出発です。

広告
カテゴリー: 聖書 あれこれ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中