聖書 あれこれ

ラオディキアの兄弟たち、および、ニンファと彼女の家にある教会の人々によろしく伝えてください。この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでください。       コロサイ4章15-16節
コロサイの教会、2章8節に「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい」とあり、また18節に「偽りの謙遜と天使礼拝にふける者から、不利な判断を下されてはなりません」とあるので、問題の所在は、2章13節にあるように「神は、わたしたちの一切の罪を赦し」てくださったことの不徹底にあるようです。つまり、追加しなければ、という思いなのでしょう。
私たちのなすべきことは、「あふれるばかりに感謝しなさい」(2章6節)です。すべては、イエス様によって成し遂げられているからです。
この手紙にある「ニンファと彼女の家にある教会」とはどんな教会なのでしょうか。今となっては定かではありませんが、なぜ、ここに、この名が記されているのでしょう。小さく弱いがゆえに、嵐の中で翻弄される小舟のように、大きな力のある「むなしいだまし事」によって翻弄され、悲痛な叫びが聞こえてきたのでしょうか。
今パウロにはこの手紙を書き祈る事しかできません。それは大きな力となるのでしょうか。
マハトマ・ガンディーは祈りの人、非暴力は彼の祈りでした。彼の力は小さいものであったのでしょうか。私たちへの問いです。10月2日、彼の誕生の日、1869年のことです。

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