聖書 あれこれ

あなたがたの一人、キリスト・イエスの僕エパフラスが、あなたがたによろしくと言っています。彼は、あなたがたが完全な者となり、神の御心をすべて確信しているようにと、いつもあなたがたのために熱心に祈っています。  コロサイ4章12節
エパフラスは、コロサイの教会設立に関わる人の一人で、恐らく何かの教会の問題について、パウロを訪ね、アドバイスを求めたのだろうと思います。それでパウロの意をくんで、ティキコが遣わされますが、エパフラスは、どういう事情か、パウロと同じように捕らわれてしまったのでしょう、戻れない状態で、恐らく複雑な心境であると思いますが、「イエスの僕エパフラスが、あなたがたによろしくと」の伝言を託しています。
彼は祈りの人です。祈る以外ないのです。大きなローマの力、教会の中でのいくつかのキリスト・イエスをないがしろにするような問題を解決へと導けない無力さ、祈る以外にないのです。加えて、コロサイへ直ちに戻れない状況・・・。
人は抱えきれない大きな問題を前に、祈る人です。それは無力でしょうか。私たちへの問いとして、私たちを揺さぶります。
エパフラスは、一つの信仰に生きています。それは、イエスを救い主として信じる信仰です。その信仰は、「あなたは善なる方、すべてを善とする方」(詩119編68節)にあります。最善を行われる方です。そのことに信頼を置いています。
人は、一つの生き方しかできません。エパフラスで言うならば、一つの待ち方しかできません。祈って待つ・・・
「報いを望まで 人に与えよ。こは主のとうとき みむねならずや。水の上に落ちて流れし種もいずこの岸にか 生いたつものを」(1954年版讃美歌536番)。
待つことは委ねる決断です。

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