聖書 あれこれ

わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。
ヨハネ福音書15章26節
松坂牛。
牛そのものですと、おいしそうと思う人は少ないことでしょう。
しかし、取り分けられた塊をみますと、おいしそうと思ったり、こういうように料理しようと、様々なアイデアが浮かんでくるものです。
さて、そのアイデア、どこから来るのでしょうか。
「真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネ8章32節)とあり、真理とは、「わたしは道であり、真理であり、命である」(14章6節)とあるように、イエス様自身です。また、霊は真理から発せられるので、真理そのものでありイエス様そのものでもあります。
教会をみてますと、何かできると思う人は少ないかもしれません。
しかし、教会に集う人々をみますと、どこにそんな力があるのか、と思うことがあります。とても私にはそんな力が……
私たちには、神の霊が注がれています。それはイエス様の祈りであるといってもいいかもしれません。「真理によって、彼らを聖なる者としてください」(ヨハネ17章17節)という祈りがイエス様から発せられ、私のところへと来ているのです。その祈りがあるので、こういう形で生きることを喜ぼうとアイデアが色々と浮かんでくるのです。聖霊が私を包んでいるのです。
よく見ると、「教会はキリストの体」(エフェソ1章23節)なのです。

ドクダミ(八重)。別名、白雪姫……なるほど。

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