聖書 あれこれ

あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。                       マタイ福音書7章3節
古今東西、似た言葉があります。
いつの時代の「今」もきっとこの言葉の応酬であったのでしょう。自戒を込めて、東西で語られています。
マタイ福音書は、続けて「兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか」(4節)とあります。
丸太が突き刺さった者が、近づいてきてあれこれ言うのだとしますと、確かに余計なお世話ですが、さて、この「丸太」という厄介なものはどうしましょうか。
丸太が悪さをするのです。
不安を引き起こします。孤独を招きます。隣人を失わせるかもしれません。いざという時、用意していたものを失うことであるかもしれません。
しかし、と聖書はゆっくりとあたりを見回すようにと語ります。
ただ一人だけが、あなたの丸太を「取らせてください」と言うでしょう。
そして、困難な時にも手を離さずあなたの苦しみをこの方だけが知り、共にいてくださいます。
イエス・キリスト。私たちの人生の先導、導き手、同伴者です。

ツマグロヒョウモンの幼虫

菜食主義、あるいは食わず嫌い。

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