聖書 あれこれ

だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。
マタイ福音書 6章31節
出アフリカ。
モーセはエジプトを出ましたが、人類はアフリカを出ました。
類人猿から人への道をたどっていくことになりますが、その過程で、いろんなことが起こったようです。
木から降りて二足歩行はしたけれど、食糧確保は大変で、草や木を食べることに適応したものは、その種としては長く生存するけれど、それが人になっていくかというとそうでもないらしい。
むしろ、適応できそうにもなく、ではということで肉食に移っていったものが、人への進化の道を行ったらしいのです。つまりは、栄養価の高いものを食べることによって、年中食べ物のことを考えなくなったところから進化が始まったようです。
ある場所へ適応がうまくできない、それがよいことを生むのか、それとも、違うよい結果を生むこともあるということです。
環境も含めて、「思い悩むな」です。
聖書は、続けて「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(33節)と語ります。
委ねて、「神の国と神の義」を求めるとは、祈りと共にということでしょう。
出来ることと委ねること、それをわきまえつつ生きること、それが私たちの前にある、祈りつつの道ではないでしょうか。
ニーバーの祈りとして有名な祈り。
神よ。変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。(大木英夫訳)

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