聖書 あれこれ

シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。
                            ルカ福音書22章31-32節
ふるい。漢字ですと、篩。
粒をより分けるのに使う道具で、古今東西、あるようです。
働きはいたってシンプルなので、例えとしても、よくわかります。
シモン、弟子のペトロのことです。
弟子たち、22章24節以下で「だれがいちばん偉いだろうか」と議論をしておりました。
その弟子たち、やがてふるいにかけられるのだというのです。
具体的には、イエス様が逮捕され、連行されるという一連の出来事の中で、ユダはイエス様を裏切り、ペトロは、イエス様など知らない人だ、仲間ではないと言い切ります。ほかの弟子たちも同じで、皆、逃げてしまいました。
ふるいは、誘惑であり、大きな力が迫ってくることでした。
サタンは、私たちを誘惑する力の象徴でしょう。
ペトロは、大きなサタンの力の存在を知り、負けてしまったことを思い知らされ、激しく泣く(22章62節)のです。
ふるいは、より分けることですが、ペトロたちはそこで、より分けられ、どこにいくのでしょう。より分けられたペトロたちには、しかし、イエス様の祈りと慈しみあふれる眼差しが注がれています。
ペトロたちは、このことを通して、誰が一番偉いかと議論をする者から、どうしたらほかの「兄弟たちを力づけて」やれるだろうかと議論する者となっていくのです。
イエス様の祈りと眼差しは、弟子たちに注がれています。サタンに打ち勝つ大きな力が弟子たちを支えます。その力は、私たちにも確かに注がれていて、私たちを襲う大きな力から立ち直らせてくれることでしょう。

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