聖書 あれこれ

しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
ヨハネの手紙一1章7節
「海と毒薬」。
コップに毒薬を垂らすことは、躊躇するが、海ならば・・・
遠藤周作の著作である「海と毒薬」のストーリーには、タイトルについて直接関連付ける場面はなかったと思う。想像する以外にない。
「コップ云々」は昔どこかで聞いた記憶があるのです。
海ならば、そこに毒のようなものでも、流すことに躊躇しないのかもしれない。
罪は厄介です。
いつも海のようなものを相手にしているならば、あまり罪は意識されないかもしれませんが、時に、自分の行ったことが、誰かのコップ一杯の水の中に毒を入れるようなことであるとしたら、相当のダメージを受けるかもしれません。
さて、イエス様はどこにおられるのでしょう。
特に、私たちが罪の暗闇の中を意識するときに。
イエス様は、光の中におられます。
ルカ福音書5章32節に「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」とあります。
イエス様は、光の世界から、私たちが住む世界へ、そこで、私たちを「招く」のだと聖書は語ります。
やがてのこと。そして確実なこととして。
「あなたがたは、以前には暗闇でしたが、今は主に結ばれて、光となっています。光の子として歩みなさい」(エフェソの手紙 5章8節)。
光の子として光の中を。
それが私たちへの確かな約束です。

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