聖書 あれこれ

風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。                  ヨハネ福音書3章8節
薫風。 
辞書によれば、新緑の季節、木々の間を吹く心地よい風ということでしょうか。
さて、しかし、風に香があるのでしょうか。
風の心地よさとは、風にあるのか、それとも風を受ける人にあるのでしょうか。
初代教会、働き手を選ぶ場合、その基準は「“霊”と知恵に満ちた評判の良い人」(使徒6章3節)でした。
具体的には、人々の前で、預言、異言、教える、行動力などなどでした。
パウロは、しかし、1コリント13章2節で「愛がなければ、無に等しい」と語り、最も優れたものは愛だと語りました。
愛は相手を思うことですが、相手を受け止めることでもあります。
当時、コリントの書簡を読みますと、パウロ、ペトロ、アポロにつくというように、分立の対立がありました。何かを行えるというのは、時に争いを生むこともあるのです。そういう中で、パウロは愛を語りました。愛には、行う愛もありますが、受け入れ受け止める愛もあります。
吹く風を薫風として、初夏を感じ、心地よさを感じるのと同じように、誰かの行いをかけがえのないこととして受け止める、それが争いから一致への一つの道ではないでしょうか。

オープンチャーチ、終了後。皆で。

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