聖書 あれこれ

主はこう言われる。正義を守り、恵みの業を行え。イザヤ書56章1節
「恵みの業を行え」。
はかり難い出来事があると、何事かと思いめぐらします。
思いつくと、何事か、言葉にしてしまいます。
私たちのささやかな経験による知識は、一つの経験した出来事について、その意味を知るには長い時間がかかるということです。
分からないことも多いのです。
そういう中で、私たちがなし得る一つのことは、恵みの業を行うことです。
ユダの手紙20節に「愛する人たち、あなたがたは最も聖なる信仰をよりどころとして生活しなさい。聖霊の導きの下に祈りなさい」とあります。
平安を祈ること、それが私たちにできる恵みの業ではないかと思います。
ルターが言ったと言われる言葉に、明日何が起ころうとも、今日林檎の木を植えるというのがあります。
沈黙を守って祈ることは難しいです。「舌を制御できる人は一人もいません」(ヤコブ3章8節)とあるとおりです。
それでも、精一杯、祈るという「恵みの業」の輪の中で、「信仰をよりどころとして生活」する一人として、手を差し伸べ、出来ることを行っていきましょう。

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