聖書 あれこれ

わたしがキリストに倣う者であるように、あなたがたもこのわたしに倣う者となりなさい。                            1コリント11章1節
言えそうで言えない言葉、それがこの言葉です。
しかし、パウロは自分を前面に出して、言い切っています。
いつでもどこでも、そういっているのではないと思います。状況によるのです。
コリントの教会、誰かがパウロをもてなしています。その食べ物について「わたしが感謝して食べているのに、そのわたしが感謝しているものについて、なぜ悪口を言われるわけがあるのです」(10章30節)というように、誰かが注文を付けるのです。
対立は、自分を見て、イエス様を見ないところから始まります。
パウロの願いは、それぞれが自分から離れて、パウロを通して、イエス様を見ること、そのことに尽きるのです。
きっかけ、ああそうか、そう思うきっかけがあればいいのです。
そうすれば、「あなたがたは食べるにしろ飲むにしろ、何をするにしても、すべて神の栄光を現すためにしなさい」(10章31節)ということになるのです。
ツバキ(花富貴)と蝋梅

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