聖書 あれこれ

最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。 1コリント15章 52節
宇宙旅行、ワープ航法というのがあります。時間と空間を一瞬にして飛び越えてしまいます。もちろん、SFの話です。
キリスト教のことを別な呼び方で「この道」と表現している箇所がいくつかあります。使徒言行録24章22節に「フェリクスは、この道についてかなり詳しく知っていたので」とあります。
道は、キリストの後を行く道です。
「カインの道」(ユダの手紙11節)という言葉があります。違った道です。
道は、誤った道以外でも、グループを表す場合もあります。
カトリックからプロテスタント、16世紀の初めにわかれました。その後、プロテスタントは多くの道に分かれて歩むことになります。近くを歩んでいるようでも、一緒ではない、そんな気分を道という言葉が醸し出すばあいがあります。
キリスト教文化、芸術、建築、これらは2000年の長い道のりがあります。それぞれに互いに相容れない教会の文化というのがあります。
文化や芸術、様々な教派や教会の違いを見ますと、時にイエス様が遠くに感じる時があります。
しかし、信仰は、一瞬にしてイエス様と共なる歩みへと私たちを導きます。
道という言葉は、ある時間、ある距離を連想します。
信仰は、イエス様の切り開いたこの道を行くことですが、到達するまで時間がかかるということはありません。道を行く者は、ワープできます。一瞬です。
信仰は、一瞬にして、私たちを高みへと導きます。そこは、イエス様が用意して下さった場所のことです。

広告
カテゴリー: 聖書 あれこれ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中