聖書 あれこれ

わたしを信じる者が、だれも暗闇の中にとどまることのないように、
わたしは光として世に来た。     ヨハネ福音書12章46節
暗闇。
いつか、どこかで、「わたしに親しいのは暗闇だけです」(詩88編19節)と言う時
があるのでしょうか。
漠然と、そうなるかもしれないという予感を持つ人は、多いかもしれません。
人は、光の中で活動的になりますが、一抹の不安は「あなたは真昼に手探りするようになる」(申命記28章29節)ということでしょうか。
宇宙にブラックホールというものがあるようです。なんでも引き付け飲み込んでしまうのだそうです。飲み込まれたら、二度と脱出はできないのだそうです。
闇には、ブラックホールのような、飲み込まれ、囚われてしまう怖さがあります。
光には何があるのでしょうか。
白日の下に晒す、隠れていた罪が暴かれる、光の働きがそれだけだとするならば、辛くなる人は多いでしょう。
ローマ書15章7節に「神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださった」とあります。
光に受容する働きがあります。私たちは、光に受け入れられています。光を全身に感じるとき、受容されていることを感じることでしょう。
この光は、あなたを排除しない。
そのことを、クリスマスを迎えるにあたり、深く心に刻んでおくことといたしましょう。

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