聖書 あれ、これ

だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとしても、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。2コリント二4章16節
外なる、部分だけでなく、全体が衰えていきます。
早く走る、早く……で始まることがゆっくりとなります。
記憶力も怪しくなってきます。さて、どうなるのでしょう。
頼りとしていたものが、少しずつ失われていくのです。
この書簡を書いたパウロは、長い伝道生活の故、病を得たようです。いわば、衰えていく部分を増やしたということです。今までにない経験です。
しかし、その弱さを感じるとき、別のことも感じました。ある時、弱さを取り除けてくださいと祈っているとき、主は、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」(2コリント12章9節)と示されました。つまり、あなたを支えているのは、外なる部分ではなく、わたしなのだ、ということです。
18節は「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです」。
弱さは、新たなものを私たちに見せてくれます。
その時、私たちは、「外なる人」は衰えていくとしても、ますます私を支える主の力をみることでしょう。その時、私たちは、深い喜びに満たされることでしょう。
「日々新た」は、幸せな時なのです。そういう場所が私たちには用意されているのです。

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