聖書 あれこれ

知恵ある人の住まいには望ましい宝と香油がある。
箴言 21章 20節
香油は人をもてなす時に用いるのでしょうか。
福音書には、敬愛するイエス様に香油を塗る場面、墓に納められたイエス様に塗る準備をする場面が描かれています。
どちらも、人のために用いられる高価な香油として登場します。
いざという時に、ここぞという時に、人のために用いる、その心情こそ、その家の宝なのでしょう。
望ましい宝、なんでしょう。
宝というと、金、銀・・・と思いますが、そうではないものもあるのです。
詩19編11節に「金にまさり、多くの純金にまさって」のものが、主の律法と語っています。
この場合、すぐに思いつくのは十戒です。十戒を守る生活は、今日では教会生活、礼拝生活に例えられることでしょう。
人(家)のなかに二つのもの、金にまさり、また惜しみなく捧げられるものがあるという状況、それが「宝を持つ」ということなのです。
この宝は、誰もが直ちに宝であると認めないかもしれません。
光り輝く金のようではないからです。
しかし、金にも勝るものがある、それがこの宝が表しているものなのです。

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