聖書 あれこれ

 人間に頼らず、主を避けどころとしよう。
                     詩1188
 ある方が調べたところ(どのようにか分からないが)、上記の個所は、新共同訳聖書のちょうど真ん中に位置するのだそうです。
 なるほど、出来すぎの感がないわけでもないのですが、そのようになっているのだそうです。
 詩118編には、主は私たちの味方ということが繰り返し語られています。
 ダビデが王になる前、現王のサウル王から逃げている時、病気を装って難を逃れた事もありましたし、
 洞窟が難を避けるための場所ともなりました。
 洞窟。
 個人的には、あまり避けどころとして気の休まる場所ではなさそうで、
 出来れば避けたいところですが、そうもいかなかったのでしょう。
 人に頼るのでしたら、人のもとへ行けばいいのです。そうもいかなかったのでしょう。
 そこに、しかし、人が集まってきます。集まったのは、困窮している者や不満を持つ者、
 負債のある者など、四百人ほどで、「ダビデは彼らの頭領になった」(サムエル記上222節)のです。
 ここから王への道が始まります。
 タマネギをむいていくと何が残るのでしょう。何も残らないのでしょうか。
 私たちから、日ごろ信頼しているものをタマネギのようにむいて取っていくと何が残るのでしょうか。
 ときどき、懐の中の奥の方の、信頼すべき最後の物を見て確認しておくといいかもしれません。
「人間に頼らず、主を避けどころとしよう」が新たな道をゆく力となるのです。
 
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