聖書 あれこれ

  そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。
 あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。ガラテヤ書3章28節
 フィレモンへの手紙に登場するオネシモは、宛先のフィレモンのもとから逃げ出してきた者でした。
 パウロは、手紙を書き、彼を送り返すこととしました。
 その際、今までのような主従の関係として受け入れるのではなく、主にある兄弟として受け入れるようにと、
 勧めた書簡です。
 パウロは「わたしを仲間と見なしてくれるのでしたら、オネシモをわたしと思って迎え入れてください」
 と語り、「彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら、それはわたしの借りにしておいて
 ください。・・・わたしが自分で支払いましょう」とまで言っています。
 逃亡した奴隷を、パウロとして迎え入れるというのは、フィレモンとしてはどうであったのでしょう。
 大変な決断、大変な勇気が必要であったのでしょうか。
 それとも、上記の言葉、福音に生きるものとしては、日常のことであったのでしょうか。
 ここはひひとつ、それほど大変だっと考えないことといたしましょう。
 
  
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