聖書あれこれ

 わたしの戒めに耳を傾けるなら
 あなたの平和は大河のように
 恵みは海の波のようになる。イザヤ書48章18節
 
 自然現象、あるいは自然のことを例えとして用いるのは、よくあります。
 ただし、その自然についての理解が共通でないととんでもない所に運ばれるかもしれません。
 「戒め」は、してはいけないルールのことで、禁止を表しているのですが、語りたいのは関係についてです。
 たとえば、車の運行に関するルールは、国によって左側、右側と定められています。
 日本では、左側を行くことになっています。キープ・レフトです。
 これで、お互い安全にすれ違うことができます。
 船は、正面衝突しそうになったら右に舵を切るのだそうです。
 ですから、車のルールを持ち込むと危険です。
 戒めは、関係を表すのですから、「神は、その独り子をお与えになったほどに、世をされた。
 独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネ3章16節)という関係を考えます。
 この言葉に耳を傾けるのなら、「大河」は、簡単には枯れない河を考えましょう。
 また、「海の波」は、変わらずに押し寄せる、いつまでも絶えることのない象徴でしょう。
 また、海の光景は、いつまで見ていても飽きることのないものです。
 そういう具合に考えますと、楽しくなります。
 「大河」をなんでも飲み込み押し流すもの、「海の波」を津波のように考えますととんでもない所に連れて行かれます。
 讃美歌二編171番に「大波のように 神の愛が 私のむねに よせてくるよ」とあります。
 津波のようにでは台無しです。
 
  
 
 
 
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