聖書 あれこれ

その中には、ヒメナイとアレクサンドロがいます。
わたしは、神を冒涜してはならないことを学ばせるために、彼らをサタンに引き渡しました。
                              テモテへの手紙一120
 
ヒメナイについては、Ⅱテモテ218節に、「復活はもう起こったと言って、ある人々の信仰を覆している」とあります。
アレキサンドロも似たようなことなのでしょう。
サタンに引き渡すというのは、穏やかではありません。
いわゆる破門ということでしょう。
彼らが、全くキリスト教と関係ないところにいってしまったというのではないのです。
恐らく、皆と一緒に主イエスの再び来られる時を待っていたのでしょう。
それが、いつの間にかあらぬ方向に行ってしまったのです。
彼らの行動は、目立ち、また人々を魅了するものであったのでしょう。
しかし、引き渡したのは、厄介払いをしたということではありません。
またこの後どうなるか、与り知らないというわけでもありません。
Ⅰコリント55節に「このような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。
それは主の日に彼の霊が救われるためです」とあります。
教育的効果を考えているようです。
サタンと言いますと、何か大変な相手のようですが、サタンが勝ったり負けたりは、映画の世界だけでいいのではないでしょうか。
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