聖書 あれこれ

 倒れれば、ひとりがその友を助け起こす。
 倒れても起こしてくれる友のない人は不幸だ。旧約聖書・コヘレトの言葉4章10節
 
 転んだ時、助ける人がいますと、一人で立ち上がるより楽です。
 どんな時に転ぶのか。
 平坦な道でも、すこしの起伏があり、油断して足をうまく上げられませんと、転ぶかもしれません。
 高い山を登るとき、路面が凸凹で転ぶかも。
 他に、風が吹いたり、雨が降ったり、場合によっては、落とし穴に・・・ということもあるかもしれません。
 さて、そういうときに、誰が助けてくれるのでしょうか。
 ルカ福音書10章25節以下に「善いサマリア人」の個所があります。
 道端に、強盗に襲われ、瀕死の人がいるのです。
 そこを、祭司やレビ人が通り過ぎていきます。
 誰も助けないのです。見て見ぬ振りなのです。
 何故助けないのか、理由は書いてありません。
 最後に、サマリア人が通って、手厚い看護を受けます。
 よかったですね。
 聖書は、単純に語ります。
 人は、助けてもらえないという経験をすることでしょう。このとき、結構辛い経験です。
 でも、最後のところで、助けられるということです。
 人は、助けることができるのに、助けない経験をすることもあります。これもまた、後で気づけば、辛い経験となります。倒れこみます。
 でも、最後の最後で、助けられます。
 それで、いいのです。
 
 マムシかなあ?ときどき、見かけるのです。
 
 
 
広告
カテゴリー: 聖書 あれこれ パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中