聖書 あれれ

 わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。マタイ福音書20章14節
 
 人生を道に例えることは良く聞くことです。
 その道は平坦ではないのです。
 何かなりたいもの、手に入れたいもの、それが難しくて、希少なものですと、到達に至る道は紆余曲折、山あり谷ありです。
 それは、例えば、人生の悟りのようなもの、あるいは福音、神の言葉。
 それは誰もが手に入れたいと思う。
 でも時間もかかり・・・でしょうか。
 人生にを道に例えるように、そこに至る道は、近所にゆくような気分では駄目でしょうか。
 簡単に手に入ること自体に警戒する場合もあります。
 さて、どうなのでしょうか。
 教会関係者は、標記の聖書の言葉に対して、この場合、忠実な教会関係者ということですが、
 「それはないですよ」と思わず言うでしょうか。
 それとも・・・
 もしかして、私は「へっへっへっ」と言って、最初に握り締めて帰るような、そんな気がして仕方がないのですが。
 
 
 
 
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